2020年11月20日

あの人たちはどうなったの・・・?

11月19日(金)
池田理代子です。

このところは異常なというくらいの温かさですが、日に日に秋は深まっていきます。
仕事部屋の窓から見る紅葉の美しいこと!
2020.11.19窓からの紅葉
暖炉の前で、ぷにとほっこり過ごしています。
2020.11.18暖炉B
感染数の大増加もものかは、はとバスに乗ってGo toを満喫する豪傑な友人と、近所に散歩がてら買い物に出かける程度の友人と、まったく家から出ない私と・・・三者三様のコロナ禍の中の過ごし方です。

どこぞのホテルで、解禁になったというボージョレ・ヌーヴォーを温泉に注ぎ入れてはしゃいでいる光景がテレビに映っていました。
仕事も雇止めに会い、住んでいる部屋もネットカフェも追い出され、食べていくための所持金もあと数百円という人たちが大勢いるときに、私には大変ショックな光景でした。
まるで、この国は滅びゆく前のローマ帝国みたい・・・。

「自助・共助・公助」と掛け声だけかけられても、この状態で、どうやって自助が成り立つのでしょうか。
「公助」が政治家の仕事です。
その政治家から「自助」などと言う言葉を言われたくない。
みんな一生懸命頑張っています。
それでも救いの網の目からこぼれて行ってしまう人たちを、今は何とか「共助」で支えている現状ではないでしょうか。

国の政策によって技能実習生として来日した人々が、やはりコロナのせいで雇止めに会ってしまい、食べていくために仕方なく、農家の収穫の手伝いをしてしのいでいたら、「不法就労」と言うことで逮捕されてしまいました。
国の政策によって呼び入れた人たちには、国が最後まで責任をもっのが当たり前ではないでしょうか。
そういう人たちの救済には目をつぶって、国は新たにまた東南アジアなどから技能実習生を入れようとしています。
彼らは皆、ブローカーに200万円という金額を借金して支払って日本に来るのだそうです。
こんなシステム、どう考えてもおかしい!

色々と考えていると、国が切り捨てようとしている人たちの姿、国が手を結んで儲けさせようとしている人たちの姿が浮かび上がってきます。



posted by riyoko at 02:44| Comment(1) | 日記

2020年11月14日

表現の自由について

11月14日(土)
村田孝高です。

今日は、亡き父親の四十九日の法要があり、また広島に来ています。
理代子さんも一緒に来る予定でしたが、このところ、耳鳴りがしてあまり体調がよくないので、私一人で来ました。
2020.11.14四十九日

2020.11.14兄ちゃんとお墓の前で

親父らしく、墓石が重すぎて、兄と二人がかりでも動かすことが出来ず、納骨はまたいずれ日を改めてということになりました。
あれだけ色々と役所や銀行を駆け回って、相続の手続きなどやったつもりなのに、まだまだやることがあって、人間一人が人生を終えるというのは本当に大変なことだと実感します。
それだけ、人間一人が生きているというのは多くのものを抱え込むということです。

写真も撮っている暇がないので、この間スーパーで見つけた『長野パープル』という、新品種のブドウの写真などお届けします。
2020.1028.長野のブドウ
シャインマスカットのように皮ごと食べられる品種で、漸く、農業試験所から一般栽培の許可が下りたものです。
長野パープルが固有名詞なので、静岡で栽培されれば、「静岡長野パープル」です。
まあまあの味です。

この間、去年の『一冊の本』という小冊子に、あの爆笑問題の太田光さんの文章を見つけました。
その中の一部をご紹介させて頂きます。
フランスで起きた風刺新聞にまつわるテロ事件のことです。
『誰かにとってはただの風刺でも、それを描かれたら死んでしまうという人々もいるのだ。・・・誰にでも、どうしても守りたいものがある。汚してほしくないものがある。・・・ムスリムの人々にとってそれは、言葉で説明することも絵にすることも、偶像化することも許されない自らの命より大切な守るべきものだ。・・・
他人をも含めた命を懸けて「表現の自由」を守ろうとする人が、命がけで自分の神を守ろうとする人をなぜ茶化せるのか?』

これは、まさしく私と理代子さんがいつも話し合っていることだったので、ひどく共感しました。
例えば熱心なクリスチャンが、キリストを茶化されたら、そしてそれが「表現の自由」だと言われたら、その信仰によって生きている人々はどんな思いがするだろう。
「風刺が文化だ」という前に、人間には、決して踏み込んで茶化してはいけない聖域というものがあるはずだと、我々はいつも考えています。

昨日までとは打って変わって、今日は穏やかな日差しですね。
しかしコロナ感染は増え続けています。
周囲にも、少しずつコロナ鬱とでも言うべき状態に陥っている人たちもいます。
何とか励ましあって乗り越えたいです。


posted by riyoko at 14:45| Comment(0) | 日記

2020年11月02日

静かに時の過ぎ行くのを見るのは

11月2日(月)
池田理代子です。

早くも11月です。
窓の外は雨で、にも拘らず、小鳥たちが姦しく囀っています。
こういったお天気のこういった季節には、「静かに時の過ぎ行くのを見るのは、静かな流れを見るように静かである」という言葉を噛み締めるのですが、大阪と言いアメリカと言い、何という喧噪!

書斎の窓の外の緑が少しずつ色づいていくのを眺めながら、訪れては過ぎ去っていった時間を反芻するこの頃です。
ぷには、寒くなったので私のお布団にくるまっています。
2020.10.30お布団のぷに

いよいよ私の初めての歌集が、今月発売になります。

既に沢山の皆様から個人的にお申し込みを頂いていて、有り難いです。
こちらにお申し込みの皆様には、とくに「不要」とのご指定のない限り、一応著者のサインを入れてお送りさせて頂きます。
早々と、中江有里さんが心にしみる書評を書いてくださいました。
2020.11.26短歌集表紙
巻末の謝辞にも書かせて頂きましたが、これまでご指導いただいた永田和宏先生や佐佐木幸綱先生の他に、ご担当の編集者、仲介を下さった編集者、発売を後押ししてくださった出版社の方々、装丁にご協力くださった方々、印刷に関わってくださった方々・・・本当に多くの人たちのお力添えがあって、一冊の本が書店の店頭に並びます。
この一冊は、まさに「唯一無二の一冊」です。
今後、他の方たちの書籍を店頭で手にするときも、そんな思いを強く持つことだろうと思います。

同じマンションにお住いの方から、農園で取れたばかりの蜜柑とさつま芋を頂戴しました。
「農薬も肥料も何も手を加えず、お日様の力だけでできたもの」と仰っていました。
2020.10.29野田さんちのさつまいもとお蜜柑
早速にふかし芋、焼き芋などにして頂き、毎日一つから二つはお蜜柑もいただいています。
たいそう美味です。

アメリカやヨーロッパのコロナは大変なことになっていますね。
一日の感染者が(日本の人口の半分くらいのイギリスでも)、日本の50倍です。
みんなでマスクをするだけでも違うのに、ちょっとロックダウンが解除になると、あれほど密集して接触しないではいられない西洋人のメンタリティが、見ていて不思議です。
この間東大が実際に検証したところ、マスクはワクチンに匹敵する効果があるとのことでした。
当分マスクは手放せないですね。

しかし、ロックダウンに抵抗してデモをやっているヨーロッパ人から誰一人として、「医療従事者の負担を慮って協力してあげよう」という声が上がってこないで、自分たちの「自由」ばかりを主張するのが不思議でなりません。
医療崩壊が起きて一番困るのは、自分たちのはずなのに。
これは、フランス革命で勝ち取った市民たちの「自由」とは全く意味合いも次元も異なる話です。
もっと歴史を勉強してほしいと思います。

そうそう、先日の井上尚弥の試合、凄かったですね!!
彼はすごく目がいいと思います。



posted by riyoko at 14:02| Comment(6) | 日記

2020年10月24日

父を見送って

10月24日(土)
村田孝高です。

長らくご無沙汰をいたしました。
実は、今月の初めに、広島在住の父親が77歳で亡くなりました。
理代子さんとの京都旅行を取りやめにして、すぐに車で実家に駆けつけ、父親を見送る手続きのあれこれを、滞りなく済ませて、熱海に戻って参りました。

骨董好きで、財産のほとんどを自分の趣味に費やした父親は、決して狭くはない実家の、まあまあ立派な部屋を、幾つも趣味の品で占領しており、それらを、駆けつけてくれた兄貴や甥と一緒に片付けて、せめて仏壇をおく一部屋だけでも、人を通せるように空ける作業に、精根尽き果てました。
何とか空けてみると、まあ、こんなに立派な和室があったんかいな!と、驚かされました。窓の向こうには坪庭までありました。
2020.10.10うちではないけど広島の和室
まだまだ、片付けるべき部屋は沢山あります。

何故か、喪主である兄貴に代わって、弟の私が挨拶をする羽目になり(兄貴は、理系なもので)、葬儀の当日は明け方四時まで原稿書きに追われました。

父親とは何度も会ってくださった皆さんも、また、一度もご存じない皆さんも、次の文章で、私の父親という人を知っていただければ幸甚です。

「幼少の砌よりの父を回顧いたしましたところ、私に浮かんだ言葉は『謎』の一言に尽きてしまいました。
百科事典のような頭脳、カミソリのような切れがあるかと思うと、パンダのように
何もせずボーっと寝っ転がり、漬物石のごとき様を見せます。
人命救助をして、表彰状を頂いたことを自慢したその口で、平気で『死ね!』と言ってみたり、十年間無事故無違反を誇って、そのエンブレムを付けた車で大事故を起こしたり、ズボンをはかず、ステテコのまま出社したり、テレビのリモコンを握りしめ『電話がつながらない!』と、顔を真っ赤にして家族に当たり散らしたり等、奇怪な行動は枚挙にいとまがありません。・・・
しかし、どこへ行っても人の輪を作り、人の話を聞き、その人となりを認め褒めることのできる人でもありました。情に篤く、困っている人に手を差し伸べることを躊躇しませんでした。‥‥故人は、好きなことだけを好きに行うことが出来た、幸せな人間でした。」

こんな父親を、ずっと介護してきた母親には、感謝の言葉以外ありません。
広い家に、羊のように太ったベルギー・シェパードと一人残された母親の手伝いに、これから兄と交代で毎月広島に出かけることになると思います。
まだ色々と残された相続や、四十九日の法要、納骨などがあり、あのまま広島に残っても良かったのですが、12月5日の小田原オペラ『魔笛』の稽古も始まっているので、ひとまずこちらに戻って参りました。
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小田原オペラ、感染対策で座席数を減らしている都合もあり、私の方には、10枚ばかりのチケットしかありませんので、この度はチラシを、静岡在住の方だけにお送りしています。
後援会員の皆様には、後援会だよりvol.11もお送りし始めています。
少しずつ、日常を取り戻していかねば。
posted by riyoko at 17:14| Comment(0) | 日記