2019年05月02日

2019年2月16日17日青山OAGホール「蝶々夫人とスズキ」

山村美智さんとの『蝶々夫人とスズキ』の舞台写真アルバムです。

スズキと長崎領事シャープレスの出会い。

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蝶々さん登場の歌
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ピンカートンの軽率なふるまいを案じるシャープレス
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3年が経ち・・・
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港にピンカートンの船が入ってきました
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裏切られ捨てられたことを知った蝶々さんが、自害を決意します
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前年11月に引き続き、大勢の皆様にお越しいただきまして、本当に有難うございました。
池田の声は、本当は蝶々夫人を歌う声ではないのですが、初めての挑戦に、大勢のスタッフの皆さんが献身的にご協力くださいました。
また、着物や帯、襦袢などを縫ってくれた秘書の山口さんと、つたない私の歌を支えてくれた村田に心から感謝です。

posted by riyoko at 16:54| Comment(0) | 舞台写真アルバム

2019年5月の日記

5月30日(木)
池田理代子です。

村田のリサイタルもいよいよ近づき、家の中が何となくピリピリしています。
お互いに、いつにない凄く丁寧な言葉で話し合うのですが、互いに気を遣って爆発しないように努めているのがよくわかります。
「○○の楽譜のコピーは?見当たらないんですけど」
「いや、ちゃんと取って渡したはずですよ」
は実は
「○○のコピーどうなってんのよ!!あんなに言っといたのにどこにもないじゃん!!」
「ちゃんと取って渡したじゃないか!!こっちはもう必死なんだから、ええ加減にせえや!!」
私も、作り笑いなんかしたりして・・・。
その実、プログラム原稿と字幕原稿etc...に追われていて、自分の原稿が後回しになっています。
ああ、こんなことが出来るのもあと何回までかな・・・と、やはり歳の差を意識させられたりしてしまいますね。
この頃では会う人ごとに、「私がいなくなった後も、どうぞ村田を応援してやってくださいね」と、ついつい頼んでしまう日々です。

煮詰まってきたので、先日は気晴らしに伊東までドライブに連れて行ってもらいました。
ここの道の駅はなかなか素敵なんです。
回りに「しまむら」もありますしね。

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ヨットハーバーの施設も充実していて、クレーンで船を陸揚げしているシーンが見られました。
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足湯にも浸かってきました。
鴎やトンビに交じって、ツバメがしきりに飛び回っています。
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昨日は、何と財務省の新規採用者の方々を前に、講演してきました。
これから日本を背負っていくエリートたちに「社会人及び国家公務員としての心構えを身に付けさせること、連帯感・責任感を培わせること及び、職務遂行に必要な基礎知識を習得させることを目的とする」講座だそうで、色々なジャンルの人たちが150人ほどの彼らを前にお話をしているみたいです。
これから消えゆくばかりの私などがお話しても何の役に立つのかな・・・と出かけて行きましたが、ベルばらのファンも多く、嬉しかったです。

大教室みたいなところで教壇に立つのは本当に緊張しましたが、終わってから彼等よりちょっと先輩の係の方々と記念写真を撮る頃には、漸くリラックスできました。
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本当は、これからの日本を背負っていく新規採用者の方々がずらりと並ぶ壮観なところを撮影したかったのですが、緊張のあまりすっかり忘れていました。

帰途につきながら、「あの子たちが中堅になる頃、もう私はこの世にいないんだ・・・」との実感を新たにしました。
これから先、日本はどんな国になっていくのでしょうか・・・。





5月26日(日)
村田孝高です。

6月7日のリサイタルに、思いがけないほどたくさんのチケットお申し込みを頂いています。
本当に有難うございます。
まだチケットありますので、これからでも間に合いますので、是非お申し込みください。

昨日は東京で、リサイタル後半のオペラ『トスカ』抜粋の合わせがありました。
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理代子さんが楽譜を見ながら字幕原稿を作るので、前に陣取っています。
ついでに、うるさく演技の注文まで入りました。
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結局四時間かけて、何回か繰り返しました。
テ・デウムでは、小編成ながら合唱さんにも入っていただくことになりました。
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私はその後、前半の歌曲などの合わせもあり、本番のピアニスト飯坂さんのところへ行き、かなり夜遅くまで歌い続けました。
家に帰り着いたのは真夜中の二時近くでした。

実は前日は13日目の相撲見物でした。
これは、理代子さんが一番好きな鶏のつくねです。
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今場所見事な活躍で楽しませてくれた炎鵬関。
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あと一番が出ず、今日の千秋楽も血だらけの必死の姿に、痛々しかったです。
これからも頑張ってほしいです。

相撲人気が高まっているのは喜ばしいことですが、桟敷に来ている人の中にはとんでもない奴もいます。
取り組みなんか見もせずに早々に酔っ払い、眠りこけて、前にいる人の体に足を突き出し、どけてもらうと、ずっとこちらに悪態をつき続けていました。
あわや喧嘩になるところ、我慢できるようになった自分も大人になったな・・・。

千秋楽にはトランプ大統領が来ましたが、あんなふうに前の方に椅子を用意できるのならば、相撲が大好きだった昭和天皇のためにああいった席を用意してあげればよかったのに、と、理代子さんがしつこく言い続けています。
いつも貴賓席でご覧になっていましたが、どれほど前の方でご覧になりたかったことだろうと、ずっと思い続けていたそうです。




5月22日(水)
池田理代子です。

昨日の大雨と風、凄かったですね。
熱海のうちの前の海もこんな風で、何も見えませんでした。
皆さん、被害にあわれた方はいらっしゃいませんでしたか?
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今朝は一転して、グリーンの美しい海が広がっていますが、昨夜の大風の名残りで、波のうねりが高く、まるでサーフィンでもできそうなくらいです。

先日は、紀尾井町ガーデンテラスで、「ベルサイユのばらx紀尾井町ガーデンテラスのばら」のイベントに出演させて頂きました。
旧赤坂プリンスの跡地が、素敵なバラのガーデンになっています。
私が大好きだったクラシックハウスも健在です。
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素適なオリジナルの帽子、オスカルとアントワネットをイメージした飲み物なども提供されて、アンティークなドレスに身を包んだ方や親子連れなどで賑わっていました。
久々に上京してきて東京駅の前を通ると、何か、東京駅が新鮮で、お上りさん気分で写真まで取ってしまいましたよ。
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うちには、浜野昌子先生の受賞記念パーティで頂いて来たテーブル花が、まだ美しく食卓を飾ってくれています。
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維新の会の丸山議員の発言は、私には大変にショックでした。
あまりマスコミ報道されませんが、国民の負託を受けて議員となり、国民の血税をもらっている人たちの第一番の義務は、『憲法を守ること』。
もしも改正するときには、憲法に定められた正当な手続きを経ることが義務付けられています。
「戦争放棄」を歌った憲法の中で、議員の立場にある人が「戦争しよう」などと呼びかけること自体、ただの失言などでは済まされません。
アメリカ大統領でさえ、就任の際には「憲法順守」を誓わされます。
「いちいち失言ごときで議員辞職させられるのでは、云々」などと言う発言は、憲法違反の発言においては決して当てはまるものではありません。
そこいら辺の若者が「戦争やりてー!!」というのとはわけが違います。
これは議員が憲法に違反した発言なのだということを、もっとちゃんと報道してもらいたいと思うのですがね。
そもそも、議員に就任するときに、「憲法を順守する」という誓約はさせられないんでしょうか?
実に日本は不思議な国です。
正当な手続きを経て憲法が改正されるまでは、日本は『戦争放棄』をうたった憲法を持つ国なのです。
そこのところを、国民はもっと声をあげて批判すべきだと思うんですが。




5月20日(月)
村田孝高です。

先日は、東京銀座の『ライオン』にて、ロッシーニの「荘厳ミサ曲」ご一緒した合唱団の方々との、遅まきの打上会が有りました。
実はその前に、帝国ホテルで、私の後援会理事をおつとめ頂いている濱野昌子先生のお祝いの会がありました。
長年のフランス料理研究やフランスチーズの紹介などのご功績に対し、フランス政府から農事功労勲章シュヴァリエを贈られたのです。
私と理代子さんは、乾杯の際に『椿姫』から"乾杯の歌"を歌ってほしいと先生直々にご下命され、前日から東京に泊まって、この日の午前中からのリハーサルに望みました。
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帝国ホテルの大きな宴会場で、元文化庁長官や服部料理学院の服部先生、NHKの磯村尚徳さんなど、それは素晴らしいお客様方が見えていらっしゃる中で、歌わせていたたき、大変光栄でした。
私のお隣はコシノジュンコさん、お向かいに松本白鴎夫人がいらっしゃいました。
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初めて着物姿を拝見する濱野先生は、幾つになられても本当にお綺麗でした。
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こんな広い贅沢な控室に座ってていいのかな。
うちのリビングの倍くらいありました。
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このパーティの後は、16:00からライオンでの打上会。
一緒にイタリア演奏旅行などにも行った方々が集まり、終わりのないようなお喋りに花が咲きました。
音楽が人を結びつける力の大きさ、改めて偉大なものがあると思いました。
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その会の後は、よくオペラでもご一緒するソプラノの薮田瑞穂さん、それに辰巳真理恵さんなども出演されるコンサートが、ライオンのすぐそばの会場であり、私は18:00からそちらへ。
薮田さんの弟さんが、薮田翔一さんという、世界中のコンクールの賞を総なめにした今売り出し中の若手作曲家で、その方の美しいメロディでの曲によるコンサートでした。

そしてコンサートの後は20:00から、品川で恒例の「アッキー会」。
音大の先輩・秋川雅史さんが、音大時代からの仲間たちと毎月開いている飲み会です。
色々と話も弾んで、熱海に帰り着いたのはもう日をまたいでいました。
いやあ、一日四つもイベントをこなすのは、さすがに疲れる歳となりました。

帰って、録画しておいた相撲を見て、翌日14:00まで熟睡しました。
貴景勝、やっぱり今日から再び休場ですね。
若いから気も逸るんでしょうが、傷はゆっくり治すべきです。





5月14日(火)
池田理代子です。

大相撲も始まり、ファンの間では新大関・貴景勝の勝敗で盛り上がっています。
今回千秋楽では、アメリカ大統領が土俵に上がって「トランプ杯」とやらを贈呈するそうですね。
警備が大変なことになるでしょうね。
私は個人的には、安倍さんとゴルフだけやっててほしいなと思いますけどね。
大好きなお相撲を政治利用されるみたいで、ちょっと???です。

昨日は暖かかったので、久しぶりに外に出てお昼兼朝ご飯をレストランで頂きました。
ランチの他に、豚肉と骨付き牛肉の塊、ペロリと村田が平らげ、このように骨だけきれいに残りました。
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久々の外での食事で元気が出たのか、そのまま、眩しいような新緑の中を30分ほどドライブして、箱根に向かいました。
私の大好きな大涌谷、地球の活動の凄まじさが間近で体験できるこの場所が大好きです。
以前来たときは、強風で帽子が飛ばされ、ぼこぼこ熱湯とガスが噴き出ている穴に入ってしまいました。
その後大涌谷では、ちょっとした噴火があって、現在は遊歩道は立ち入り禁止になっています。村田は、「あの帽子のせいで噴火口が詰まったんだ」と私を脅かします。
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平日だというのに、韓国、中国、イタリア、北欧、アメリカなどいろいろな国の観光客が大勢、観光バスで押し寄せ、名物の黒たまごの売店前で行列を作っていました。
運よく黒たまごを買うことが出来ました。

それから、名高い箱根の関所跡に行きました。
今では想像もつきませんが、ここは江戸時代は本当に厳しい関所だったのですね。
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箱根駅伝のゴール地点に、小さな碑と銅像が立っています。
大河ドラマ「いだてん」の影響か、ここも人が多かったです。
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私は毎年必ず箱根駅伝はテレビで見ることにしているのですが、折角近くに引っ越してきたので、1月1日の夜は宿に泊まって一度は生でゴールする選手たちを見て応援したいと思っていましたが、今年は、近くの宿はどこも満員でした。
来年の予約がまだ取れるという宿を発見、10月1日から予約開始だそうです。
頑張ろうと思います。
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運よく、この日最後の航行を終え港に入って来たばかりの海賊船に出会いました。
傍で見るとなかなかの雄姿です。
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「箱根の山は天下の険 函谷関もモノならずって歌、中国の人が聞いたらぷっと噴き出すよね」と言ったら、「箱根に来るたびに同じこと言うね」と馬鹿にされました。





5月10日(金)
村田孝高です。

昨日まで東京で、八月にタイトルロールをやる『ジャンニ・スキッキ』の稽古がありました。
『ドン・カルロ』が終わったばかりで、6月7日の銀座・王子ホールでのリサイタルの準備をしながらなので、出来はまだまだです。

今日は、珍しいくらいの穏やかな海で、対岸など、さざ波ひとつ立っていなくて、まるで湖のようです。
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漁船が、定置網を仕掛けていました。
毎日のことですが、さすがうまいもんですね。
明け方に、多くの漁船が一斉に海に出ていく様は、なかなかです。

ぷには、我々の寝室で一緒に寝るようになって、自分のベッドも作ってもらっているのに、ずんずんと理代子さんの枕に進出してきて、起きるころには枕を乗っ取りこんなザマです。
左側のがぷにのベッドです。
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時々理代子さんは髪を引っ張られたりおでこに噛みつかれたりするそうです。
猫と一緒に寝ると、どんどん押されて、しまいに真ん中を乗っ取られると皆さん仰いますが、あれは何なんでしょう。






5月8日(水)
池田理代子です。

日中の気温は汗ばむほど高いのに、朝夕が嘘みたいに冷え込みますね。
メニエールのお薬を飲んでいるのですが、その他にも、再び風邪まで引きそうで、いつまでたっても冬服が手放せません。
ただ、海は日に日に夏の気配を増して、美しく輝いています。
起きた時に、寝室の窓から見える風景です。
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沢山の鳥たちが囀り、山々は日を浴びて輝き、ここに越してきてよかったな・・・と、しばし見とれています。

私の大好きなタレントのマツコ・デラックスさんは、住居は賃貸派だそうですが、まだまだお若いのだな…と思います。
70歳ともなると、賃貸物件は独り者には貸してくれなくなります。
知り合いで、立派に社会的地位があり収入も貯金もある人の引っ越し先を探してあげた経験があるのですが、「独り者」と「70歳」のハードルを越えることが出来ませんでした。
孤独死されるのを大家さんが嫌がるらしいです。
高級老人ホームという手もおありでしょうけれど、マツコさんには今から是非持ち家をとお勧めしたいです。
大ファンなんですもの。

この間こちらに越してきて初めて、ぷにちゃんを洗いました。
意外におとなしくしてくれていて、でもその後は憮然としていました。
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一番最初に洗ったのは拾ってきたとき。
側溝に落ちたり野良生活をしていたりして、しかも目もつぶれていて、あまりに汚かったので、東京の家に連れてきて洗いました。
初めて私の胸に寝ているぷにを見た時の村田の第一印象は「うわっ、汚な!」だったそうです。
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今では、お鼻を舐めなめしてやるほど溺愛していますけどね。

捨てられたのか、もともと野良でママとはぐれたのか、定かではありませんが、見えない眼で一人で健気に生き延びていたぷにちゃんの人生を思うと、胸が痛んでなりません。
生後2〜3週間の子かと思っていましたが、獣医さんで見てもらったら、もう乳歯が生えていて、結構一か月以上経っていたみたいで、拾い上げた私のワンピースにだらだらとうんちまでして、ちゃんと一応何か食べていたのですね。
私が乗っていた車の方によろよろと寄ってきて、あのまま放っておいたら間違いなく車に轢かれていたでしょう。
ごんちちゃんを喪って半年、もう猫は飼うまいと思っていたのに、出会いというのは不思議なものです。





5月5日(日)
村田孝高です。

平成から令和に変わる時のテレビのコメンテイターに、わたしの後援会長森田一先生のお嬢さんで、大平元総理のお孫さんにあたる満子さんが出ておられて、びっくりしました。
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あの宮殿松の間は、理代子さんが歌会始の儀式に出席した時に行ったところですが、松の間に入る人は多くても、私のように運転手控室に入ったことのある人はそうは多くないでしょう。
えっへん!
何て志が低いんだ、と言われますが。
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いよいよ連休も残すところ2日となりました。
熱海駅からうちまで、もう大変な混雑で、車は身動きが取れません。
バスも「一時間以上の遅れは承知してくれ」と停留所に貼ってあります。
対岸の網代港のあたりの夜景がいつに増してきれいです。
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南側のベランダの前が賑やかです。
釣り人や釣り船は言うに及ばず、レジャーボートに水上スキー、シーカヤックにスクーバダイビング、空には民間のヘリまで飛んでいます。
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それに、毎年来るイソヒヨドリの奴が、いつもの定位置で、私と鳴き声を競います。
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起きると、それはそれは色々な鳥の声、それに大型のアゲハチョウに蜂と、生命の活気に満ちています。

次のオペラの譜読みの合間に、ベランダでコーヒーを飲みながら海を眺めるのは至福の時間です。

八月に、広島で『ジャンニ・スキッキ』のタイトルロールをいたします。
その初めての合わせが、もうすぐ東京であるので大変です。
でも、まだご案内もお出ししていないのに、私の実家に既にチケットの申し込みをしてくださる方があり、有り難いことです。
『ジャンニ・スキッキ』にはこれまで何回も出演していますが、タイトル・ロールはこれが初めてです。

理代子さんが、相変わらずずっと眩暈や高熱が続いていて、連休明けに一度病院に行く予定です。
でも、手抜きですがご飯を作ってくれるので、有り難いです。
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本人が手抜きだと言っているだけで、私は大満足です。




2019年5月2日(木)
池田理代子です。

漸く雨が上がり、滴るような緑が美しく、海も穏やかです。
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連休中のこととて、沢山の方が見えて居ます。
カラオケルームも毎晩賑やかですし、お風呂に行っても子供の姿が多いです。

村田が、久々に潮風と雨で汚れた窓ガラスの掃除をしてくれました。
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私は、大阪に行ったり東京に村田のオペラを泊りがけで見に行ったり、締め切りの原稿をあげてお渡ししたりと、動き回っていたせいか、この数日、持病のメニエールが出て、眩暈や耳鳴りに苦しめられていました。
何か、遠出が続くとやられるようです。
折角久しぶりに歌のレッスンを入れていただいていたのに、それもキャンセルせざるを得ませんでした。

先日熱海市街の植木屋さんで、可愛らしい苗を見つけました。
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スイートバジルと大葉です。
何枚か摘み取って、カプレーゼや冷奴に使っています。
あと、ディルさえあればサラダにも完璧です。
枯れずに少しずつ育ってくれるといいのですが。

実は今、フィンランド人の青年作曲家のために、オペラの台本を書いています。
台本の一幕とレジュメを出した時点で、それがフィンランドの大きな奨学金を受けることが出来、いよいよ本格的に仕上げることになりました。
どのような舞台に仕上がっていくのか、実際の上演はだいぶ先のことになりますが、とても楽しみです。
初演はフィンランドですが、日本でも上演の予定です。

もうここまで人生を生きて来れば、あとは何がいつ起こるか分かりません。
出来る限りの力で、抱えている課題は片づけていきたいと思っています。

しかし、いつから日本人て、こう長生きすることに目の色を変えるようになったのだろう。
増え続ける高齢者を受け入れるだけの社会体制も整っていないのに、「長寿」だけが最高の価値みたいに血道をあげているのを見ると、何だか悲しくなってきます。
生を受けたものはいずれ必ず死ぬのだということを、もっと肝に銘じて生きてほしいと思いますが・・・ま、余計なお世話ですよね。


posted by riyoko at 15:52| Comment(0) | 日記