2018年11月03日

2018年11月の日記

11月20日(火)
村田孝高です。

歯を直してもらい、広島から帰ってきました。
翌日に、調子に乗って固いものをかじってまたひびが入り、再調整してもらいました。
東京へのお土産は、うちの家族の行きつけの「通」のお好み焼きです。

ぷにが、帰りをすごい喜んで迎えてくれました。
可愛いな。
こんな風にぬくぬく暮らしています。
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実家の日本庭園もすっかり秋色が深まり、風情が出てきました。
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親父が飼っている錦鯉が、何かのコンクールで賞をもらったとかで、ご機嫌でした。
今、外国人の間でも、錦鯉はすごいブームだそうですね。
散々骨董に凝ったかと思えば、今度は錦鯉かよ。
でも、それが元気の素なら、いいことです。

家についたら、テレビ画面で日産のゴーン会長の逮捕をやっていて、驚きでした。
西川社長もテレビに出ていました。
実は西川さんは、副社長時代に、私の後援会の理事を務めていただいたことがあり、本当にお世話になりました。社長になられてからはお忙しく、理事は退任されましたが、奥様ともども、文化人やスポーツ選手など人の世話がお好きな、本当に真っすぐで素晴らしいお人柄の方です。
その方が、こんな不祥事のたびに、会見に臨まれるのは、ほんとに痛々しい気がします。

外国人の技能実習生の失跡問題とか、日本人は、西洋人にはぺこぺこするくせに、アジア系外国人には本当に冷たいです。
まるで奴隷制度みたいだなとさえ思います。
こんな状態で、さらに働き手を奴隷として受け入れるのかと、私は暗澹たる気分になります。
この頃日本が嫌だなという気分です。
そういう同年代は多いのではないでしょうか。




11月18日(日)
池田理代子です。

今朝から漸く、長く続いた膀胱炎の不快感から解放されました。
ずっと続けたお薬もですが、一進一退だったのが、友人や村田の実家からもらったショウガや漢方薬がかなり劇的に効いたみたいです。
久しぶりにすっきりとした朝(世間ではお昼ですが)を迎えることが出来ました。

一昨日久しぶりに、お昼ご飯を頂きに、来宮のレストランに行きました。
普段は家で食事をしますが、たまに、外で楽しく頂きたいと思う気分になることがあり、ちょこちょこと出かけます。
歩いて行ける「海とヴォヤージュ」という店や、有名な「多賀蕎麦」そして来宮駅前の「テンポ・ドーロ」、そのほか、夜はカラオケスナックになるんだろう海辺のイタリアンなど、お天気や気分次第で、いろいろランチを出してくれるお店に出かけます。
これは、「テンポ・ドーロ」のランチです。
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私は今コーヒーを止められているので、紅茶を頂きました。
「テンポ・ドーロ(黄金の時)」という店名にあやかったのか、金色の砂の砂時計が出てきました。
「三分間お待ちください」とのことです。
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美味しいランチを頂いて、そのあとちょっと体調がよくなったので、村田が箱根まで連れて行ってくれました。名前だけはきいたことがありましたが、まだ見たことのなかった「仙石原」のすすきの群れを見せてくれました。
想像していたよりずっとすごいスケールで、韓国や中国からの観光客も多く賑わっていました。
憧れていた仙石原のすすきにやっとお目にかかれて、何とも言えない感動でした。
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帰りには、芦ノ湖におりて、箱根駅伝で学生たちが走るコースを少し車で走ってもらいました。
昔、自分が若かった頃は、箱根を走る走者のお兄さんは、尊敬と憧れの対象でしたが、この頃では、「愛しく健気な」息子のような存在です。
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かつて飛脚が走ったあの急峻な坂を、一生懸命走る彼らの姿は、言葉に表せない感動を与えてくれます。
富士山と芦ノ湖と紅葉・・・、うん、なかなか凄い贅沢な眺めでした。

村田は、歯の治療で実家のある広島に帰っています。
結構ひびの入っている歯が見つかったそうです。
少しでもコンディションが変わると、発声にも影響が出てくるので、これで安心です。

来週から12月にかけて、私はロシアに招待されています。
向こうで三つばかり講演や対談をこなしてきます。
出発までに片付けて行かねばならない原稿もあり、休み休み消化しています。
ロシアへは、友人夫婦も「初めてなので行きたい!!」とのことで、同行してくれます。
私は、ソ連時代から数えても何回か行ったことがありますが、私的感想ですが、ソ連時代の方が、現在のややアメリカナイズされたロシアよりいい雰囲気だった気がします。
帝政ロシアの文化が、そのまま冷凍保存されているような不思議な雰囲気がありました。
でも、これが最後のロシアかも知れないと思うと、旅程を組むのも楽しみがあります。
マリインスキーでオペラを、ボリショイでバレエを鑑賞してきます。
その前に仕事を何とか片付けなくては。





11月13日(火)
村田孝高です。

理代子さんの、京都女子大学での『河野裕子賞表彰式』があったので、一緒に京都へ行ってきました。
こちらの目的は、理代子さんが大学時代にルームシェアをしていたという友人たちと、50年ぶりのプチ同窓会を京都でやることになったので、そのお供でした。
京都センチュリーホテル、なかなか立派でした。
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理代子さんが仕事をしている間、私は一人で京都を散策。
紅葉にはまだ早かったけど、清水寺あたりはきれいでした。
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理代子さんのご先祖様が江戸時代に通し矢をしたという、三十三間堂にも行ってきました。
ここの仏像は、何かすごい力があると感じ、お守りを色々と買い込みました。
よく歩いた一日でした。
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向こうで、理代子さんが恒例の膀胱炎を悪化させ、東京から処方箋を送ってもらったりしたのですが、結局、京都駅前の病院に救急外来で診てもらい、お薬を頂きました。24時間開いてる処方箋薬局があるんです。さすがは京都!

夜は、理代子さんのプチ同窓会で、南禅寺参道にある『菊水』という料亭で食事会をしました。
門構えや庭の中に点在する、風情ある個室の割には、そんなにびっくりするような値段ではなくて、季節の懐石をゆっくりと楽しみました。

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しかし50年前の学生時代のルームシェアって・・・今はやりのルームシェアの走りですね。
まだ、理代子さんが漫画家として売れる前の貧乏時代の話です。
青山学院と、東京理科大と、東京教育大学(現筑波大)の三人の才媛たちが共に暮らしていたんですね。
色々と面白い逸話をいっぱい聞かせてもらいました。
50年前というと、わしはまだこの世に出現しとらんぞ。
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熱海に戻ってくると、ここのところ留守番ばっかりのぷにが、ひどくご機嫌斜めでした。留守の間山口さんが仕事を兼ねて来てくれていたのですが、良くかみついたそうです。半日くらいで漸く、甘えんぼのぷにに戻りました。

相撲も始まったし、季節もよくなって、12月のクリスマスディナーコンサートの練習に取り掛かっています。
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今年は、エルビス・プレスリーのメドレーが中心です。
あと、皆さんも初めて聞かれるに違いない、ハンドフルートの演奏もあります。






11月8日(木)
池田理代子です。

三日からずっと東京のホテルに泊まって、『蝶々夫人とスズキ』の舞台二日間と『ロッシーニグルメとセヴィリアの理髪師』の舞台をこなして、昨夜熱海に戻って参りました。
お陰様で三日間ともとても盛況でした。

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蝶々夫人の上演にはテレビカメラも入り、7日午前中のフジテレビ『ノンストップ』という番組で、終演後のインタビューも含めて放送してくださいました。
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訳の分からない微熱続きですっかり体力が落ちていた私は、蝶々夫人のさなかにもしかして命を落とすかも・・・と、結構本気で覚悟したくらいでしたが、翌日から徐々に体調も回復し始め、『セヴィリア』のベルタは、ある程度元気よくやらせて頂くことが出来ました。
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大勢来てくれた知人友人たちが、本当に心から心配してくれ、人間はいつか死ぬものと覚悟をして生きているつもりでしたが、このように心配してくれる人たちがいることをつくづく有難く思いました。
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久しぶりに熱海に戻って、昨夜はゆっくりと温泉に浸かり、それでもまだ体中の筋肉痛が取れないので、今日の昼間、再度温泉に行ってきました。
海を眺めながら手足を伸ばして、「ああ、天国」でした。
寝室の窓の外がすでに紅葉が始まっていて、これからが楽しみな季節です。
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とはいえ、明日からまた仕事で京都に出かけます。



2018年11月3日(土)
村田孝高です。

世間ではすっかり涼しくなって、理代子さんは「寒い寒い」と言いますが、私には、漸くちょうどいい気候になりました。

一昨日から東京に泊まって、11/6のロッシーニグルメの通し稽古、11/4,5の蝶々夫人のゲネプロと、慌ただしい時間を過ごし、昨日熱海に戻ってきました。

ロッシーニグルメのオペラ『セヴィリアの理髪師』、昨年もおなじみのメンバーですが、今回、ロジーナの中野亜維里さんが初参加です。
それと、案内役、脚本に、理代子さんが加わりました。
理代子さんの女中ベルタが、お芝居を交えながら物語の進行をしてくれます。
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馴れたとはいえ、ロッシーニはやっぱり大変です。
でも、300人というお客様のテーブルの間で演技することも多いので、皆さんには楽しんでいただけることと思います。

蝶々夫人のゲネプロには、一番肝心の演出家が風邪で来られませんでした。
なんのこっちゃ・・・という感じで、ま、ともかく衣装を着けてゲネプロを通しました。

東京から熱海へ帰る道すがら、高速から見事な夕日が見えました。
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何か、ばかばかしい感じもするのですが、今日からまた東京に出て泊まります。
先月今月は、交通費とホテル代で、ギャラも吹っ飛ぶ感じです。
どうも我々は、こういう点が駄目なところですね。
これから少し真面目に考えねば。
posted by riyoko at 14:28| Comment(0) | 日記
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