2020年09月29日

ああ、富士の山

9月29日(火)
池田理代子です。

すっかり涼しくなり、私とぷには、もう暖房を入れて暮らし、村田は下着姿で逃げ回っています。

相撲、終わってしまいました。
佐渡が嶽部屋の皆さん、頑張りましたが、怪我を押して土俵に上がり、負け越した琴奨菊関のことが心配です。
コロナ禍で、千秋楽パーティもずっと中止となっており、親方や琴勇輝関とメールのやり取りをする以外に、ご連絡を取る方法とてなく、寂しい限りです。
でも、正代関の初優勝、素晴らしかったですね。
私達も以前、震災直後に熊本に伺いましたが、熊本から初めての優勝力士、地元の方々はどんなにか勇気づけられたことでしょう。

十月には、『河野裕子賞』の最終審査のために、京都に行かねばなりません。
何か月ぶりの遠出でしょうか。
まだ新幹線に乗る勇気がないので、村田が車で京都まで送ってくれるそうです。
永田和宏先生や俵万智さんなどにお会いできるのが楽しみです。

私自身の初めての歌集も、ようやく色々とまとまって来て、11月の末ごろには出版の運びとなりそうです。
今は、本の装丁を選んだりなどしています。
2020.9.23歌集表紙
中学生時代から短歌を描き続けて、死ぬ前に、何とかまとまった歌集にしたかったので、本当に嬉しいです。
この度、自分の歌集のために歌を選んでいて、自分の才能のなさに打ちひしがれ、本の形で発表できる歌など思いのほか少ないことを、現実として悟り、愕然としています。
それでも、「これを出さねば死ぬに死ねない」という気持ちで、遺言を残すという気持ちで歌を選びました。
河野裕子さんのご夫君・永田和宏先生が、巻末に解説を書いてくださるのも、望外の喜びです。

今はコロナ感染が怖いので、どこへ出かけるにも、公共交通機関は一切使わず、村田の運転で連れて行ってもらっています。
本当に有り難いことです。

先日、山の上のソーセージ屋に行ったとき、結構雨が降っていたにもかかわらず、思いもかけず富士山を見ることが出来ました。
雨と霧ですべてがかすんでいる中に、くっきり浮かんだ富士山は、素晴らしかったです。
2020.9.23雨の中の富士山
75年前、戦争が終わって、南方で捕虜になっていた父が復員船で日本に帰って来た時、それまで船底に押し込められていた捕虜たちを、アメリカ軍が「デッキに出るように」と言って出してくれたそうです。
捕虜たちは皆、自分たちがどこに送られているのかも知らされていなかったので、「いよいよデッキで殺されるのか」と覚悟を決めたそうですが、なんと彼らの目の前に、美しく雄大な富士の姿があって、みんな男泣きに泣いたということです。
富士山を見るたびに、父から聞いたこの話を思い出します。

戦後のドキュメンタリーなどでも、多くの生き残りの兵士たちが、この「富士山」の話をされています。
富士山は、やはり日本人にとって特別な山なのですね。

posted by riyoko at 16:26| Comment(2) | 日記
この記事へのコメント
先生の歌集が出版されるのを待っていました。嬉しいです。「おにいさまへ」で主人公と先輩の通称薫の君が「うたかた」という言葉について語り合う場面が思い出されます。「日本語は美しいねえ」と。私もそう思います。
Posted by アリス at 2020年10月03日 09:46


>アリスさん

有難うございます。
歌集は11月26日に、集英社から出版される予定です。
日本語にこだわって漫画を描いてきた私にとって、本当に嬉しい出版です。
>
>先生の歌集が出版されるのを待っていました。嬉しいです。「おにいさまへ」で主人公と先輩の通称薫の君が「うたかた」という言葉について語り合う場面が思い出されます。「日本語は美しいねえ」と。私もそう思います。
Posted by riyoko at 2020年10月10日 16:46
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