2月22日(火)
村田孝高です。
昨年暮れの茅ヶ崎での『魔笛』舞台で、暴れる共演の男性を抱えて袖に引っ込むという演出のために、舞台上で足首を骨折してしまいました。
一日目の本番は処方してもらった痛み止めを飲んで、二日目は、車椅子での演技となってしまったのは、歌い手として誠に残念で悔しい思いでした。
その後松葉杖をついて生活をしていたのは、ご報告の通りです。
1月29,30日の小田原でのオペレッタ『こうもり』何とか松葉づえや車いすなしで
舞台を務め、ご来場の皆さんにも大変喜んでいただけたと思います。
タイタンの太田光代さんから、素晴らしいスタンド花をいただいていました。
時節柄打ち上げもできなかったので、家に戻ってから理代子さんと二人で、ささやかにシャンペンを開け、乾杯しました。
今月19日に、病院で最終の診察をしてもらい、結局五月に入ってから内視鏡での手術を受けるということになりました。
五月まで待ったのは、4月26日に、オーチャードホールで恒例の『バチカンから日本へ』の第九とハレルヤの公演があるからです。
このチラシはまだダミーの段階で、最終のものではありません。
はじめ、プロの合唱団だけの予定でしたが、理代子さんとこれまで日本やバチカンで歌ってきた仲間たちも参加させてもらえることになり、久々にみんなと歌えると、理代子さんも喜んでいます。
ソリストとして普通に立って歌う分には、もう大丈夫ということですが、舞台上での激しい動きなどは事態を悪化させる危険があり、受けていた五月のオペラ公演はキャンセルせざるを得ないことになりました。
でも何よりもつらいのは、手術の後2週間も入院することになったことです。
このような入院は、今まで生きてきて初めてのことです。
リハビリをしながらの二週間ということですが、辛いだろうなあ・・・。
でも、病院食だけで二週間過ごせば、案外ダイエットにはいいかもしれません。
暫く荒れていた熱海の海も、だいぶ穏やかになり、晴れて見晴らしのいい日には、ベランダから向こうの大島の三原山が冠雪しているのが見られました。
また、小魚の大群が来ているらしく、それを狙ってカモメの群れが海面を埋めていました。
北のほうでは相変わらず爆弾低気圧のせいで大雪の被害が出ているようですが、早く春が来るのが待たれますね。
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