2025年09月20日

いちおう秋ですが

9月20日(土)
池田理代子です。
ここ数日は秋らしい日々が続き、夜ともなればすだく虫の音が可憐です。

全米オープンテニスが、私のごひいきのカルロス・アルカラスの優勝で終わり、続いて大相撲秋場所も始まって、テレビの録画に忙しい日々です(いや、ちゃんと仕事もしていますし、病院通いもしています)。

そのテニスと大相撲の合間には、昔から親交のある「フラッシュ赤羽ジム」のご招待で、後楽園ホールへ行ってきました。
フラッシュ赤羽所属の長尾朋範君が、この度東洋フライ級チャンピオンとなり、初のタイトル防衛戦があったのです。
村田が「ホフマン物語」の稽古で伺えなかったので、この間のオペラ『女王卑弥呼』で出演から裏方から事務仕事までやってくれた、仁美ちゃんを誘いました。
まさかと思ったけど、見たこともないボクシングの試合に付き合ってくれました。
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試合前に腹ごしらえ。
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前から二番目と言う迫力の感じられるお席で、パンチが入れば汗まで飛んできそうなお席です。
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長尾君はこの防衛線に勝利して、WBO五位から三位になり、世界タイトルマッチへの挑戦権を獲得しました。終わってから、記念撮影でチャンピオンベルトに触らせていただきましたが、あわやずり落ちそうなほど、見た目よりずっと重かったです。
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まさかのイベントで、何人かにサインを求められました。

私は、十代からボクシングの大ファンで、特に、世界ヘビー級チャンピオン、モハメド・アリが、ベトナム戦争への兵役を拒否して、チャンピオンの資格もプロの資格もはく奪されながら「何故見も知らぬアジアの人を殺しに行かねばならないんだ」と、自分の信念を貫いた生き方は、その後の私の人生の指針となりました。

大相撲は、父親の影響で小学生の頃からファンでした。
当時は栃若全盛時代、私も、土俵の鬼と言われた初代若乃花関(のちの二子山理事長)につたないファンレターを書いたことがあります。
後に、30歳を超えてお会いすることがあって、丁度辛い出来事の最中にあった私の手を、大きな手で何度もしっかり握り、「あんたには才能があるんだから、負けるんじゃないよ!」と励ましてくださいました。
あの掌の大きさ、温かさは、今も忘れることはできません。

ところで案外知られていないことだと思うのですが、お相撲さんは、一番体脂肪率が低いそうです。

さて村田は、八月はあの松方コレクションに縁のある松方さんの、還暦のお祝いのコンサートで、松方ホールで歌ってまいりました。
いつものオペラアリアに加え、松方さんのご希望で、シューベルトの『魔王』と、それから『オーストリア国歌』まで歌ってきたそうです。
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村田が司会進行もやり、女性陣は、還暦のお祝いと言うことで、皆さん赤いドレスです。
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このところ、同年代の友人がたてつづきに入院・手術をしたり、鬼籍にはいったりと、やっぱり身の回りをちゃんと片付け、やり残したことはやっておかないとと焦っています。
posted by riyoko at 20:03| Comment(0) | 日記
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