2024年01月30日

早くも一月も終わります

1月30日(火)
池田理代子です。

日々のニュースを目にするにつけ、心が苦しくなるような戦争や災害の映像です。
我々も、いずれ他人ごとではない時がやってくるのでしょう。
東京に、いざというときのためのシェルターができるとか。
でも、入れる人は限られているんでしょ、とニュースで語っていた人がいました。

十分に自然災害だけでも苦しいのに、その上武器を取って殺しあうなどと、人間と言う動物は本当に愚かです。
滅びの日を自ら早めているとしか思えません。

そんな日々の中、私の楽しみは、大相撲とテニスです。
でも、大相撲も全豪オープンも同時に終わってしまい、「明日からどうやって生きればいいの」と言う虚脱状態です。
いや、たまっている仕事かたづけろよ!とどこかから声が聞こえてきそうですが。

虚脱状態を少しでも伸ばそうと、大相撲佐渡が嶽部屋の千秋楽パーティに、友人も誘って出かけました。
IMG_5442.jpg
あと一歩で優勝だった琴ノ若関は、終始悔しそうな表情でした。
でも、いよいよ大関です!
小さいころからの彼を知っている身としては、我が子の晴れ姿を見るようで、涙が出るほど嬉しいです。
若女将に、大関のお披露目をやるから来てくださいね、と誘われていますが、村田の舞台と重ならないことを祈っています。
IMG_5434.jpg
今回は、琴ノ若関の活躍もあってか、いつもに増して盛大なパーティとなりました。
鏡開きに立つ私の横には、あの水戸黄門に出ていらした伊吹五郎氏と、結婚式を間近に控えた琴恵光関が。
華やかでおめでたい雰囲気の中で、若関だけが引き締まった表情を最後まで崩しませんでした。
来場所を楽しみに待つことにします。
IMG_5421.jpg
前後してしまいましたが、今年は、少し遅くなってからの初詣となってしまいました。いつもの近所の神社はもうお正月の仕事を終えていたので、いまだ観光客でにぎわう木宮神社の方に行き、去年の破魔矢のお炊き上げをやって頂き、ついでに、能登の被災者の方々の一日も早い復興や、来年六月の『女王卑弥呼』の上演の成功を祈願して、ご祈祷もしていただきました。
IMG_5415.jpg
私が初めて木宮神社のことを知ったのは、中学生の時。
『母』という小説の冒頭の舞台として、大楠などが詳しく出てくるのです。
IMG_1909.jpg
それから何十年も経って、初めて熱海を訪れ、木宮神社を訪れた時には、まだ何もない、神殿と大楠だけの静謐で裏寂れた雰囲気の神社でしたが、いつの間にかあれよあれよという間に立派な社務所やティールームや赤鳥居などが整備され、賑わいのある観光のメッカとなっていました。
IMG_0814.jpg

IMG_5411.jpg

IMG_5410.jpg
私はクリスチャンですが、神社に行くと、日本に生まれたものとして、この山川草木に宿る神聖なものの存在を感じます。
これは、宗教とは全く違った次元の、自分の中の「血」のようなものです。
そう言う感じは、皆さんもきっとお感じになっているのではないでしょうか。

村田孝高は、2月12日に迫ったオペラ『たましずめ』のために、ほぼ毎日のように稽古です。

今回はチケットの割り当てが思ったより少なく、後からお申し込みの皆様には失礼をいたしました。
IMG_20240101_0002.jpg
稽古場で、着物の襟の抜き方とか、平安時代の座り方など、村田が共演の皆さんに教えることも多々あるみたいです。
若い世代では、後鳥羽上皇や崇徳上皇などについても、あまりよく知らない人が増えているみたいで、日本史マニアの村田は、ややジェネレーションギャップを感じているようです。
村田の、怨念に満ちた後鳥羽上皇、今から見るのを楽しみにしています。

熱海では、冬の最中にまず糸川桜が咲いて、それから梅が開きます。
今糸川桜は爛漫と満開です。
IMG_2565.jpg







posted by riyoko at 14:27| Comment(0) | 日記

2024年01月11日

元旦から大変な年になりました

1月11日(木)
池田理代子です。

今年は、雲もない見事な初日の出が撮れて、喜んでもう一寝入りしたら、起きてから大変な災害のことを知りました。
ことしこそ・・・と思っていらっしゃった方も多かったと思いますが、何と言う歳明けになってしまったのでしょうか。
IMG_3171.jpg
夜遅い温泉に独り浸かっていると、被災地の方々を招いてあげたいな・・・と思われてなりません。

この分ではきっと箱根駅伝も中止だね、と村田と二人話していたのですが、こちらは無事に敢行され、村田の甥が在籍している青山学院大学が、雪辱を果たしました。

実は大みそかに、眠る前に、珍しくこんなスパークリングワインを空けました。
『オテッロ』と言う名前の付いたスパークリングワインで、「来年は、オテッロのイヤーゴの役が来るといいな」とゲンを担いで栓を抜いたのですが、果たしてどうなることでしょうか。
2023.12.31死ぬほど美味しいオてっろ .jpg
今年は6日から初オペラで、以前だったら歌舞音曲はすべて中止になるところでしたが、何とか幕を開け、多くの皆様が足を運んでくださいました。

テノールではなくバリトンですが、珍しく、イオランタ姫の許婚者と言う役どころで二枚目の役でした。
美しいアリアが一曲ありました。
IMG_20231127_0002.jpg
この初オペラの終演後、打ち上げに出て、彼はそのまま、松戸にある佐渡が嶽部屋での二所ノ関一門の合同稽古に出かけました。
いや、もちろん見学ですよ!
2024.1.7二所ノ関一門稽古.JPG


二所ノ関一門稽古.JPG
琴ノ若はもちろんのこと、大関の霧島関をはじめ、竜電、高安、玉鷲といった名だたる力士たちが、激しいぶつかり稽古をする様は、壮観だったそうです。
親方に「やってみたくなったでしょ」と言われ、あわや回しを締めさせられそうになったとか。
乗せられてやっていたら、きっと全身骨折して帰ってきたことでしょう。
大勢ひしめいているお相撲さんたちが、みんな村田のことを「え?」と二度見したそうで、最後に玉鷲関から「かっこいいですね、何やってる人ですか?」と聞かれたとか。
オペラ歌手だというと、とても納得していただけたそう。

この後二月に入ると12日に紀伊国屋サザンシアターで、百人一首の成り立ちの秘密を描く新作オペラ『たましづめ』、村田は、隠岐に流されて怨念の塊となっている後鳥羽上皇の役です。
IMG_20240101_0002.jpg
似合いすぎていて、想像するだに恐ろしい感じです。
お陰様でこちらのチケットは完売となりました。有難うございます。
それが終わるとすぐに、広島での『カルメン』で、持ち役の闘牛士エスカミーリョを演じます。
IMG_20240101_0001.jpg
そして、それが終わると3月9日には、いよいよ世界的ピアニスト・岡崎ゆみさんの紀尾井ホールでのピアノリサイタルに客演として呼ばれていて、「イタリア」をテーマに、かなりの曲数を歌うことになっています。
IMG_20240101_0004.jpg
お陰様でこちらの舞台のS席チケットは完売となりました。有難うございました。
A席チケットはまだありますので、どうぞお申し込みをお待ちしております。
なんと、この音楽会が終わると、その夜に、村田はすぐ羽田からイタリアに向けて飛び立たねばなりません。
ペーザロとバチカンでの第九のソロイストが待っているのです。
今年は、アルトソロを大和悠河さんが歌います。

51歳を迎えて、聞く方々の誰もが認めて下さる円熟の歌声となってきた村田ですが、バリトンの華ともいうべき50歳代をどうか有意義に生きて活躍してほしいと願わずにはいられません。
この円熟の歌声を、私は最後まで聞き届けられるかな・・・?
もっと早く知り合えばよかったと、詮方ないことを考えたりします。
posted by riyoko at 16:59| Comment(0) | 日記

2023年12月31日

今年も終わります

12月31日(日)
池田理代子です。

2023年も終わります。
先ほど、9Fのレストランの年越しそばをいただきました。
村田は、恒例の佐渡が嶽部屋のお餅つきにも出かけ、美味しそうなおもちをどっさりと持って帰ってきてくれました。
お正月が楽しみです。
琴恵光のエコバッグ.jpg
沢山のコンサートやオペラをこなした村田孝高はもちろんのこと、私にとってもこの12月は、3つも舞台が続き、慌ただしい師走となりました。
しかも、18日から、何ということでしょうか、久々の本格的な風邪を引いてしまい、20日には掛川での榛葉さんのオペラディナーショウで私は『ラ・ボエーム』の主役ミミをやることになっているというのに、まったく声が出なくなってしまいました。
お薬を飲みまくり、喋るのも控えて、20日本番の朝にようやく、歌うための道筋を見つけ(依然として話す声は出なかったのですが)、高音が出るようになったので、本番に挑みました。
DSC08784.JPG
熱もあって、伴奏ピアノも十分に聞こえていない中、レチタティーヴォのとんでもないところがするっと抜けたりして、相手役ロドルフォの榛葉さんには沢山の負担をおかけしてしまいました。
DSC08782.JPG

2023.12.20掛川ボエーム.JPG
でも、アリア四本は何とか歌い終え、お客様には気づかれずに済んだようで、「高音が凄く美しかった」とか「最後のシーンで感動して涙を抑えるのに苦労した」とかいったお言葉をいただき、風邪で声が出ない状態だったことは気づかれていなかったのだと、ほっと安堵しました。

初めてオペラに挑む大和悠河さんが素敵な花のあるムゼッタを演じて下さり、舞台を大いに盛り上げてくださいました。
DSC08787.JPG
終演後のアプローズで、二日前に誕生日を迎えたばかりの私に素晴らしいケーキがプレゼントされ、まったく予想もしていなかった驚きに嬉しさが爆発しました。
DSC08793.JPG
ケーキに添えられたイタリア語のおめでとうプレートは、まだ大事にとってあります。
IMG_5326.jpg
この日は東京から桂由美先生がわざわざおいで下さって、掛川ではちょっとした騒ぎとなりました。
皆さんの温かい心に支えられて、大風邪を引きながらの舞台『ラ・ボエーム』を何とか終えることができました。

さあ、来年からは、2025年の国際フォーラムでの大舞台『女王卑弥呼』に向けて、フル稼働で準備を始めなければなりません。
秘書の山口さんのお陰で、衣裳も着々と出来上がり(彼女は和裁の専門家なんです!)、あらかた出演者の目途も立ってきたところで、私は演出プランに取り掛かっています。
2023.4.17国際フォーラム.jpg
東京国際フォーラム1,300席を二日間お客様でいっぱいにするのは容易なことではありませんが、どうぞ皆さん、2025年6月5日6日の予定を空けておいてくださいね。

村田孝高は、年明け早々1月6日から、チャイコフスキーのオペラ『イオランタ姫』で仕事始めとなり、その後も続々とオペラが入っています。
IMG_20231127_0002.jpg
何よりも、来年はバチカンに第九のソリストとして歌いに行き、そして六月には初めてニューヨークのカーネギーホールでのコンサートにも出演することになっています。
どうぞ来年も、皆さんの変わらぬ応援を心からお願い申し上げます。
そして、来年が皆さんにとって少しでも今年よりいい歳となりますよう、お祈りしております。



続きを読む
posted by riyoko at 20:55| Comment(0) | 日記

2023年12月11日

さすがに師走です

12月11日(月)
池田理代子です。

さすがに師走です。何ということもないのに、ばたばたと動き回っています。
ひとつには、12月20日に掛川グランドホテルで開かれる、榛葉さんのオペラ・ディナーショウの『ラ・ボエーム』の稽古や合わせで東京に出ることが多くなりました。
IMG_20231202_0002.jpg
以前(と言っても20年以上前ですが)通しでやっている演目なのに、びっくりするほど忘れていて、「えっ、こんなのあったっけ???」という感じで、コレぺティさんに忍耐強く何度も繰り返しピアノを弾いていただいています。
歳を取るというのは本当に恐ろしいものです。
もと宝塚の男役だった大和悠河さんの、素晴らしい高音でのムゼッタには、本当に驚かされます。

先日、新井直樹先生のお教室の発表会が、サントリーホールのブルーローズであり、『運命の力』や『海賊』や『ドン・カルロ』『サムソンとデリラ』などから難しい大曲のアリアを、70歳を超えたような方々が立派に歌っていらっしゃるのを目の当たりにし、自分が恥ずかしくなりました。
2023.12.9新井・ソサエティ.jpg
村田孝高後援会の理事をしてくださっている井戸さんも、『誰も寝てはならぬ』を果敢に歌われ、本当に感心いたしました。
何より、師匠の新井直樹先生が、声帯を失うという手術をなさり、お声が出ない中、皆さんに立派な発声をお教えになっていらして、奇跡を目の当たりにするような気持でした。
2023.12.9新井先生.jpg

2923.12.9新井ソサエティ発表会の井戸さん.jpg
そう言えば、当日ピアノ伴奏をしていらした榎本さんから、以前私もお教えを乞うていた藤原歌劇団のプリマ・本宮寛子先生が、80歳になられてもますます高音が冴えて、Esどころかこの頃では下手をするとGまでお出しになれるようになられたと伺って、精進を続けることの凄さに驚かされた次第です。

もう体が辛いので、いつも「これで歌をやめよう」と言うことばかり考えている私ですが、人間の体の凄さ、努力を続けることの凄さを思い知らされた一日でした。

羽山ご夫妻のコンサートが近づいていますが、16,17両日のうち、16日のチケットは完売いたしました。
ご協力有難うございました。
IMG_20231127_0001.jpg
私は、ベッリーニの『カプレーティ家とモンテッキ家』から有名なジュリエッタのアリアを歌わせていただきます。
これは、ロミオとジュリエットの歌劇で、羽山ご夫妻が25年前ご結婚なさったのも、ロミオとジュリエットの悲劇の舞台となったヴェローナでの留学中ということで、お祝いにちょうどいいかな・・・でも、あれは悲劇の物語だし・・・などと思い悩んでいます。

この頃とみにとろみが増して、気持ちよくなってきた温泉につかって、もう少し頑張って歌い続けよかな…などと考えています。

また先日は、2025年6月の私が書いたオペラ『女王卑弥呼』の作曲者・薮田翔一先生と、神楽坂のレストランで初めて正式な打ち合わせをし、いよいよ本格的にこのオペラも始動を始めたところです。
作曲家薮田先生と打ち合わせ.JPG
随分先の話ですが、さる団体から、2028年のロンドン公演に持っていきたいとのお話もいただいて、本当に実現してくれれば、その頃に私はもう生きていなくても、何かしらの足跡を残せるのだという感慨でいっぱいです。


posted by riyoko at 14:53| Comment(0) | 日記